東京地方裁判所 昭和28年(ワ)7025号 判決
被告は、原告の本件商標の前記「マルケイ」なる称呼には、特別顕著性がないと主張するけれども、本件商標が既に登録されている以上、その登録が確定した審判により、無効とされない限り、商標登録の要件たる特別顕著性を争うことは、許されないから、被告の右主張は、これを採用することができない。次に被告は(一)ないし(五)の各答弁を提出しているけれども、当裁判所は、便宜、(一)ないし(四)の各抗弁に対する判断を省略し、(五)の抗弁につき判断する。成立に争のない甲第十号証同第二十五号証、同第六十六号証、乙第二十四、第二十五号証、同第二十六号証の一、二、同第三十八号証、同第四十五号証、同第五十三ないし第五十八号証同第六十八号証同第七十号証証人平井元康の証言により真正に成立したと認める乙第四十一ないし第四十四号証同第四十七第四十八号証、同第六十一ないし第六十七号証及び作成者である株式会社三正堂の捺印があり、特段の反証の認むべきものがないので、真正に成立したと認める乙第七十一ないし第七十三号証の各記載、証人平井元康同遠藤恵也同茅野文彦の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。即ち、<省略>「マルケイ」の標章は、遠藤恵也の父遠藤敬太郎が昭和二年十二月五日、遠藤製剤合資会社(以下遠藤製剤という)を設立し、その製造販売する薬品につき、商標出願登録の手続を経ることなく、使用し来つたものであるが、右標章は、その使用当時から、遠藤製剤の製造にかゝる薬品の取引者及び一般需要者に広く認識せられていたこと、その後遠藤製剤は、厚生医学社及び茅野製薬所と合併して、昭和二十一年七月二十四日遠藤タキ外五名を取締役、遠藤恵也を監査役として、国際製薬を設立し、国際製薬はその下谷工場に於て、<省略>「マルケイ」の標章を、特に、これと類似する前記登録商標の権利者の利益を害し、又はこれを利用する意図に基かずに使用し、右標章を施した「マルケイロートヂアス」「マルケイロートヂアスターゼ」等の名称の錠薬その他の薬剤を製造し、これを一般に販売していたこと、昭和二十三年七月七日頃、右工場を国際製薬から分離して、被告経営の工場として独立させることになり、同年十一月二日、被告の設立と同時に、前記薬品の販売業と共に、被告に<省略>「マルケイ」の標章を譲渡し、爾来被告は、善意で引続き右標章を使用し、その薬品製造販売業を営んできたこと、本件商標は昭和二十四年三月二十五日公告され、同年六月二十八日査定をうけたこと、この間遠藤製剤、国際製薬は引続き右二個の標章を使用していたことが認められる。尤も作成者茅野文彦同茅野文平の捺印があり、特段の反証の認むべきものがないので、真正に成立したと認める甲第二十四号には、国際製薬の取締役茅野文彦及び茅野文平は、同株式会社が、被告に前記営業譲渡をしたことがないことを、確認する旨の記載があるが、その記載の内容は、前記乙第六十二号証の記載に徴して、たやすく信用し難い。又成立に争のない甲第六十一ないし六十三号証、同第六十四号証の一、二の各記載、証人遠藤恵也の証言によれば、下谷税務署は、国際製薬及び被告が設立された後である昭和二十四年中まで遠藤製剤にあて法人税の納税告知をし、同会社は、その法人税の納入をしたことが認められるけれども、右納税の事実から、被告が国際製薬を通じて、遠藤製剤から、右標章を営業と共に譲り受けることはあり得ないと認定しなければならないものではない。更に、前記乙第六十一号証の記載によれば、国際製薬は昭和二十三年七月二十八日、厚生大臣に対し、医薬品製造業廃止届を提出したことが認められ、被告が設立された月が同年十一月二日であることは、前段認定の通りであるから、被告の設立前、国際製薬は廃業し、被告に於て国際製薬の営業を承継すべき余地がないように見えるけれども、前段採用した各証拠資料によれば右廃業届は、国際製薬が前記の通り下谷工場を分離させるので、厚生大臣に対し、廃業届を提出したに止まり、事実上はその後も被告の設立に至る迄、右標章を附した薬品の製販売業を継続していたものと認められ得るから、国際製薬の右廃業届は、前段判示のように、国際製薬から被告に対して右標章及び営業の譲渡があつたことを認定するについて、妨げとはなるものではない。その他以上の認定を覆するに足りる証拠資料はない。してみれば、被告は、商標法第九条第一項に基き、本件商標の登録出願前から、善意で使用されていた、右標章<省略>「マルケイ」の譲受人として、これを継続して使用する権利があるというべきであり、原告が本件登録商標権に基いて被告に対し、右二個の標章の使用禁止を求める本訴請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。
〔編註その二〕 本件における事実関係は左のとおりである。
(原告の請求原因)
一、訴外神島化学工業株式会社(以下神島化学工業という)は、別紙目録記載登録番号第三七八、八八四の商標権(以下本件商標権という)を有していたところ、原告は、同株式会社から右商標権のうち、昭和二十八年二月二十日、指定商品「錠薬及びその類似商品に対する部分を、更に同年七月三十日、その余の薬剤の部分全部をいずれもその営業とともに譲り受け、前者については同年七月十六日、後者については同年十二月八日、それぞれその旨の登録を了した。尤もKの部分については、権利不要求の下に登録されている。
二、しかるに、被告は、東京都台東区下根岸町五十七番地において、<省略>「マルケイ」、<省略>マルケイロートヂアス錠、<省略>マルケイホミカロート錠なる文字及び記号を表わした標章を付して、錠薬を製造販売しかつ、右標章を付した錠剤商品及び類似商品に使用する印刷物、薬びん等を現に所持している。
三、この被告使用にかかる標章は、本件商標と類似するものであり、被告が、右標章を付した錠薬の製造販売をすることは、原告の本件商標権を侵害するものであるから、原告は、被告に対しその使用禁止を求めると述べた。
(被告の認否)
一及び二の事実を認める。三の主張を否認する。
本件商標<省略>と、被告の使用する標章とは、類似ではない。すなわち、本件商標<省略>のうち「K」の文字自体については、特別顕著性がない(「K」の文字自体については、権利が要求されていない。)のであり、その特別顕著性は、図形的部分にあるから、両者は、その外観及び観念において非類似なることは明かであるが、その称呼において、両者とも「マルケイ」と呼称されうるとしても、この程度の類似は、同一指定商品について登録された商標のうちにも存在するものであつて、その類似の程度は、稀薄である。しかも、被告は、<省略>なる商標を一度も使用したことがないのであり、ロートヂアス錠、ホミカロート錠については、<省略>「マルケイ」の名が取引者又は需要者間に広く認識されていて、原告の本件商標を付した商品と被告の製品とは、彼此混同誤認を生ずるおそれはないのであるから、両者は、その全体において非類似である。
(被告の抗弁)
(一)、神島化学工業の原告に対する本件商標権譲渡は、左の理由によつて無効である。すなわち同株式会社は、錠薬及びその類似商品に関する営業を全く行つたことがなく、また、本件登録にかかる<省略>なる商標を一度も使用したことがないのであり、本件商標権を原告に譲渡しても、これとともに譲渡すべき営業が存しなかつたものであるから、本件商標権の譲渡は無効である。
(二)、仮に、神島化学工業が右営業を営んでいたとしても、同株式会社は、その営業譲渡について、商法第二百四十五条第一項第一号による株主総会の特別決議、並びに取締役会の決議を経ていないから、その営業の譲渡は、無効であり、従つて、本件商標権の譲渡は、無効である。
(三)、さらに、原告は、専ら被告に対する不正競争の目的で、本件商標権を譲り受けたものであるから、神島化学工業の右営業譲渡行為は、民法第九十条により無効である。すなわち、原告は、昭和二十七年十月十五日、被告の取締役遠藤恵也及びその妻竹内文子こと遠藤フミエにより、被告の本店所在地と同一の場所に、類似の商号(当初の商号は、マルケイロートヂアス錠本舗マルケイ製薬有限会社)をもつて設立され、遠藤恵也がその代表取締役となり後に遠藤フミエが代表取締役となつたが、被告の薬剤と同様の薬剤(ただし、品質の点を除く)を製造し、これに被告の標章と一点一画変らない商標を付し、その商品容器も被告の製品と意匠色その他寸分も違わないものを使用して販売するとともに、専ら被告の営業を妨害する目的で、神島化学工業から本件商標権を譲り受け、被告の標章が右商標権を侵害すると主張して、被告にその使用禁止を求めているものである。結局、原告は、<省略>の商標自体の使用を目的とするのでなく、被告が<省略>「マルケイ」に有する標章使用権を阻止する目的で、本件商標権を取得したものである。なお、原告は、右商標権を取得したのちは、自己の商品<省略>のうえにことさら被告の標章と同一の敬のシールを貼布して、混同誤認を来すべく計つている。
(四)、被告は、薬剤を指定商品とする「マルケイターゼ」及び「マルケイホミツク」なる二つの商標権(いずれも昭和二十八年六月二十三日出願、同年十二月十八日公告、昭和二十九年三月八日登録、登録番号第四四一、六三八号及び第四四一、六三九号)を有するものである。<省略>「マルケイ」の標章が、本件商標<省略>と類似であるとすれば、同様に、<省略>「マルケイ」は、被告の商標権「マルケイターゼ」及び「マルケイホミツク」とも類似であり、右商標権の類似商標に対する使用禁止的効力の範囲にも属するから、このような場合、本件商標権<省略>の禁止権は、被告の標章<省略>「マルケイ」に及ばず、<省略>自体の専用権の範囲に止まるべく、被告の標章<省略>「マルケイ」の使用は、前記商標権の効力で正当となり、被告の本件商標権を侵害することにならない。
(五)、訴外国際製薬株式会社(以下国際製薬という)は、本件商標の出願前である昭和二十一年七月二十四日、医薬品の製造販売等を目的として設立され、以来東京都台東区下根岸町五十七番地所在の同会社第二工場において、ロートヂアス錠その他の医薬品を製造販売し、これに<省略>「マルケイ」の標章を善意に使用し、その標章は、取引者又は需要者の間に広く認識されていたところ、被告は、昭和二十三年十一月二日、右株式会社から右第二工場の営業一切を承継して設立され、右<省略>「マルケイ」の標章の使用をも承継して現在に至つているものであるから、本件商標に対し、先使用権を有し、本件商標権の登録にもかかわらず、その使用を継続することができるものであると述べた。
(原告の答弁)
本件商標と被告の標章とが、類似でないという主張について
原告の本件商標権について、「K」の文字自体に権利不要求の旨を表示してあるが、しかし、登録があつた以上は、その部分は商標の構成部分となつたもので、ただ、権利不要求の部分だけ、独立に分離したものに対しては、権利がないというに止まる。原告の本件商標権の構成は、丸の中に白抜きの英字Kを配したもので、その自然的称呼は、「マルケイ」であり、被告使用の標章は、「マルケイ」を横書し、また、<省略>を使用しているから、その称呼は、「マルケイ」に外ならない。故に、<省略>「マルケイ」の標章は本件商標と類似であり、被告がこれを使用することは、原告の商標権の侵害であることは疑がない。
(い) (一)の抗弁に対し、神島化学工業が、現実に錠薬の営業をしていなかつたことは認めるが、我が商標法においては、その第一条に明記するように、商標の登録出願には、必ずしも現に営業をしていることを必要としないのであつて、出願者に営業をしようとする意思があれば足りると解釈されている。すなわち、その登録後に、商標権者がなんらかの理由によつて、その営業を開始しなかつたとしても、その営業の意思の存続するかぎり、その商標権は、適法かつ有効に存在する。従つて、その譲渡においても、譲渡人は爾後同一商標を使用して同一商品を取り扱わず、譲受人の営業を妨害しない等の約定があれば、営業の移転があつたものと解すべきである。神島化学工業と原告との間に、かような約定があつたから、営業の譲渡は有効になされたと解すべきである。
(ろ) (二)の抗弁に対し、神島化学工業が、原告に対し、その営業とともに本件商標権を譲渡するについて、自己の株主総会の決議を経なかつたことは、これを認めるが、同株式会社は、昭和二十七年ないし昭和三十年当時資本金三億二千万円の大会社であり、本件商標権のほか多数の工業用化学薬品を製造販売しているものであつて、右譲渡にかかる営業の如きは、「重要なる営業」でないから、その譲渡について、株主総会の特別決議を要するものでない。
(は) (三)の抗弁に対し、原告が、昭和二十七年十月十五日設立されたこと、その当初の代表取締役遠藤恵也が、被告の取締役であつたこと、原告の現在の代表取締役竹内文子こと遠藤フミエが、遠藤恵也の妻であることは、いずれも認める。神島化学工業から原告への本件商標権譲渡が、不正競争の目的で以て為されたことは、これを、否認する。そもそも、商標権とは、その指定商品及び類似商品について、当該商標及び類似商標を独占的排他的に使用する権利であり、商標権がある場合に、他に同一又は類似の商標を同一又は類似の商品に使用する者は存在しないのであるから、不正競争の目的で、商標権を獲得するということはあり得ない。もし、原告が、神島化学工業から譲り受けた本件商標を使用することが、被告に対する関係で商品の混同誤認を生じ、不正競争になるとするならば、被告は、原告と神島化学工業との間の商標権譲渡の有無にかかわらず、もともと、本件登録商標と類似の標章を使用していた商標権侵害者なのである。原告が使用している<省略>なる標章が、被告の商標に類似したとしても、これは適法なる本件商標権行使の態様であつて、決して商標法第十五条第一項の不正使用でなく、また、原告は、被告の営業を妨害する目的で、本件商標権を譲り受けたものでもない。なお、原告は、昭和二十八年七月二十日、<省略>及び「マルケイ」の各商標について、商標登録出願をし、ともに、本件商標の連合商標として、指定商品第一類全部について、昭和二十九年三月十五日、出願公告の決定を受けている。
(に) (四)の抗弁に対し、被告が、「マルケイターゼ」「マルケイホミツク」なる商標について、その主張のとおり登録を受けた事実はこれを、認めるが、右は、それぞれ一連不可分の一体として登録されたにすぎず、これがため、被告の<省略>「マルケイ」の標章使用が、正当となるものではない。
(ほ) (五)の抗弁に対し被告が、昭和二十三年十一月二日、設立されたことは認めるが、国際製薬の工場の営業の全部を譲り受けたこと、同株式会社が、<省略>「マルケイ」の標章を使用して薬剤の製造販売をしていたこと、右標章が、本件商標権登録出願前から周知であつたこと、同株式会社及び被告が、右標章を善意に使用していたことは、いずれもこれを否認する。と述べた。
〔編註その一〕 本件における商標は左のとおりである。
目録
登録番号第三七八、八八四号商標権
(公告番号 商公 昭24―2712)
公告 昭和24年3月25日
出願 昭和22年10月3日
商標中「K」の文字自体に付権利を要求せず
<省略>
指定商品 1 化学品、薬剤及医療補助品
出願人 神島化学工業株式会社